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執筆者の写真syusaku iditi

◆晴耕雨読の生き方と絵の在り方


 私は故郷をテーマに絵を描いています。生まれ育った鹿児島から離れて、海外へ美術留学した事がそのきっかけでした。異国での生活は愉快で、様々な国の人と出会い、多くの学びもできましたが、特に大きな発見は、異文化と比べることで浮き彫りになった故郷の美しさでした。

 豊かな自然と、人々の生活が融合した、理想郷。

 自然の中に生活があり、生活の中に自然がある。

 その事実を、再発見した私は、帰国後に、故郷の魅力を一つ一つ観察し思い出して描いてきました。

 部屋の窓から、昼も夜も、水鳥達が横切っていくのが見えます。鵜や、鴨、千鳥の群れ、時にカワセミやイソヒヨドリ、鳶の声も毎日の様に聞こえる。

 週末に祖母の田んぼと畑を共に手入れをし、その作業の合間、山林の間から噴煙をあげる桜島が見え、その灰や水蒸気が、開門岳や霧島の山頂を撫でていくのが拝める。

 木陰で手を休め、黒糖を舐めながら、枝葉を眺めてみる、新芽を除き、殆どの葉っぱは傷がついている、落ちたその葉を拾う祖母の手と、よく似ていた。その葉を絵にしようとしたから初めて気づいたことだ。

 日も暮れて自転車で細い月を観ながら堤防沿いを帰っていると、家灯りの下、拍子木を叩く無邪気な子供達とおじいさんの歩いていく影、コーンコーンと木を打つ音と「火の用心」の声が響いてくる。その音まで絵にすることができたらどれだけ素晴らしいことであろうかと思った。

 自転車の灯りに照らされ、地べたを歩く蟹や船虫、地蜘蛛や鈴虫の目が星の様に点々と光りこちらを観ている。濡れた海風を浴びて草花が踊り、巻雲や噴煙がゆったりと揺らいでいく、道の先、淡い月明かりが海を見る人影を照らして見えるが、近づいてみても誰もいない。

 遠い山の向こう、入道雲の中、稲妻がポツリと空へ飛ぶ。

 人間だけに限らず、この風景の中の全てが故郷の住人、彼らを描く事が故郷を描くこと、動物、植物、大地や空、おばけや霊魂の様なものまで、川岸の草花一本一本に至るまで、残らず、命の動き、等しく故郷を形作る一員でした。

 この美しい自然に豊かな営みのある場所は、外国に行き、故郷を外側から見たからこそ、当たり前に感じていた豊かさが、どこにでもあるわけではないことに気付けたのです。

 故郷を描き伝える事は、私の理想郷を自覚できる生き方だとも思うのです。

 

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